來自市村美佐子


Woofertenにいると、買い物や仕事の帰りに立ち寄ってくる近所の人たちがソファーで話をしていたり、子どもたちが元気よく「こんにちは!」と遊びにきている光景に毎日出会った。 woofertenという場は、地域に根付いており、広場のようでもある。ビジネスやコマーシャルではなく、ある特定の個人だけの自己表現の場としてではなく、共に生きることを主軸にしたアートがここでは実践されている。他にはない場所だろう。

 わたしが油麻地のWoofertenに滞在した2011年8月、私が住んでいる東京では東北震災と福島原発事故の後の混乱がまだ続いていた。その震災や事故やその後にも続く余震、それらの恐怖や不安、喪失によって、人々の繋がりはどんどん崩れていっていた。特にマイノリティや貧困層の人たちにとってはより深刻だった。そういった危機状態の中で、わたしたちはどのように生きる場を創り出せるかということを模索しているところだった。それは、行政や国のレベルでは決して補えない、人々がお互いに生きることを信じあえて、命をつないでくような場づくりが必要だった。
 異なる立場のわたしたちが共に暮らしていくことを可能にすることは、マニュアルはなく、その地域で共に時間を過ごし、丁寧に繋がっていくプロセスが重要だ。その工夫や実践にアートが発揮される。

 油麻地は多くの小さな商店が立ち並び、様々な立場の人たちが暮らしている。油麻地の街に、アートを通して作られたネットワークがwoofertenにはすでに存在している。わたしにとってwoofertenの場のあり方に学ぶところは多かった。ひとりひとりの信頼関係や繋がりを切っていくような都市再開発や管理強化には、わたしたちが生きるために、抵抗していかなければならない。woofertenは、わたしたちが生きるために無くしてはならない場だ。

いちむらみさこ


---

譯文:

如果你在Wooferten ,附近的街坊鄰居會來探訪,路過購物的人會停下來,有的在沙發聊天,我看到孩子們每一天都來打招呼說“Hello ”。wooferten紮根在該地區,它也像一個廣場。這裡以藝術為主軸,不是商業或業務,是作為一個予人自我表達的地方一個獨特的地方。

2011年8月,當我住在油麻地的Wooferten時,東北地震和我所居住的東京在福島核災之後的動盪仍在繼續。由於災難,事故以及隨後的餘震,恐懼,焦慮和損失,人們的聯繫正在逐漸消失。特別是對於少數群體和窮人。在這場危機中,我們正在尋找創造居住空間的方法。有必要創造一個地方,使人們無法在官僚行政和國家兩階層間互相容忍,他們相信他們會彼此相處,這將帶來生命。

為了使我們能夠從不同的角度生活在一起,這並沒有指引的手冊,重要的是將時間花在該地區並認真聯繫。藝術在靈巧和實踐中得到證明。

油麻地區內有許多小商店,各種位置的人都住在那裡。由藝術創造的網絡已經存在於wooferten中。對我來說,有很多關於wooferten的知識。我們需要抵制城市重建與管理主義,以加強個人之間信任和聯繫的關係。wooferten是我們必須生活的地方。

市村美佐子